くそ。くそったれ。死ね、死ね、死ね。
――これだけ悪態をついても、相手は一向に作られた笑みを崩さない。端整な顔立ちに、唇の端を吊り上げただけの笑みは、誰よりも美しく、そして誰よりも恐ろしかった。
しかし、ここで挫けたら、相手の深い瞳に吸い込まれて息ができなくなりそうだった。こうやって悪態をついて自分を正当化し、相手を悪者にすることで、何とか自分を保っている。俺は唇をぎりっと噛んだ。血の味が口の中に広がった。痛みに集中する。そうして怒りも悲しみも悔しさも、全て忘れようとする。
両手を背中で縛られているため、動きは不自由だった。しかし、じっとして唇を噛んでいれば、一時でもこの心の奥でとぐろを巻く黒い感情を制御できるだろう。
「無駄だよ。君は俺が憎いはずだ。だって、君の大好きな人と君とを、引き離したのは俺だ」
表情は依然そのままで、彼が口を開いた。悔しさが溢れ出す。
「でも、君が悪いんだよ。君は、普通の人間じゃない」
「……」
「君は、天使だ」
「……天使と人間じゃ、つりあわない……そう、言いたいのか……?」
「そうじゃない」
彼は面白そうに笑っている。明らかな嘲笑。俺はいろいろな感情に揉まれて、危うく涙を流すところだった。愛する彼女のことを思うと、どうしてもやりきれない思いに胸が痛くなる。
「彼女と『君』では、君のほうがつりあわないと言いたいだけさ」
瞬間、怒りが俺の中で膨れ上がる。しかしそれをどうやって彼に伝えようか。もはや相手を痛めつける術すらない。とうとう、涙は頬を伝って流れ落ちた。
「……泣いてるんだ? 可哀想だね」
可哀想だとは微塵も思っていないような口ぶりで、彼は俺を見下ろした。
「天使はそう軽々しく人間の世界に干渉してはいけないんだよ。わかるだろう? 天使と人間は、遠いところにあり、そして絶対に相容れない存在だ。彼女は泣いていたよ。君が天使だと知って。……いや。君が人間ではなかったことに泣いたのかな」
彼は次々と言葉を紡ぐ。もう、耳を塞いでしまいたい。逃げたい。彼の言葉から。彼女が俺を責める幻聴から。
「……君は、罰を受けなくちゃいけない」
「ばつ?」
もう、反抗する気は失せていた。虚ろな瞳で、ただ「人間の女と交わった罰」を待つばかりだ。ただ、彼女のことが気がかりだった。彼に何を言われたのだろう。きっと酷いことを言われたに違いない。
俺が、天使であったばかりに。
「……よかったね。もう天使でいなくてもいいってさ」
彼が、嗤った。
彼は、俺の翼を強引に掴むと、俺が何をするのか察する前に、思い切り引っ張った。
俺の絶叫だけが、聴覚を支配した。
彼の、嘲笑が頭の片隅から、堕天使となった今でも、離れない。

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