ねえ、一緒に、
――堕ちてみようか。
彼が私にそう言ったのは昨日の夜だ。
彼との情事の後、眠気を催していた私の耳元で、そっと囁いたのだ。最初、何のことを言っているのかわからなかったが、次第に、彼の仕事のことを言っているのだとわかった。
彼の職業を一緒にやらないかと持ちかけられたのだ。私はもう少し考えさせてとだけ言うと、何も考えずに目を瞑った。
彼は何も言わなかった。ただ、そうかいとばかりに出していた上半身ごとベッドにすっぽりと潜り込み、私より先に寝息を立てて寝てしまった。
私はというと、そのことばかり考えて、眠れなかったのだ。
……で、ようやく眠れたと思って目が覚めて見ると、彼の姿はどこにもない。
流石は、抜かりない。
いや、「殺し屋」に、抜かりがあってはいけないのだ。
「……人を殺す、仕事……」
私は近くの大企業に勤めている。主にデスクワークだ。時々接客もするが、上司曰く私の容姿は相手に不快感を与えないらしい。以下は酒に酔ってまくしたてた上司の言葉からの引用だ。「いやあ、君はスタイルもいいし、顔も整っている。それに綺麗な長い金髪ときたもんだ。金髪は君によく映える。白くて小さな顔がより一層美しくなる。極めつけはその笑顔だ。絶対に相手に不快感は与えない。君はいい社員だよ」……ニヤニヤしながら奥さんがいるくせにそんな、古臭い口説き文句のようなセリフを言われた私が不快感を覚えるのだが、我慢しなければいけなかった。
手が空いている時は、彼の仕事を手伝う時もあった。
しかし、大抵はこれをどこに運んでおいてくれ、とか、預かった金をひとまずここに置かせてくれ、とか、絶対に私に人が死ぬ、あるいは殺す、決定的なシーンを見せようとはしない。しかし、一緒に「堕ちる」なら別だ。もし私がそれを選択したなら、一生、人を殺すことを、殺す彼を許容して生きていかなければいけない。そういうことなのだ。
どうする?
答えはすぐには出ない。
しかし私は、ここを抜け出したかった。
こんな退屈で不快感ばかりの、毎日を。
悠長に考えるのは彼の仕事柄、得策ではなさそうだった。
しかし、彼は私に返事を求めてこない。しかし、このまま返事を延滞するなら、彼にすっぱり切られてしまうだろうという確信があった。
しかし、焦るようなヘマはしない。これでも私は意外に「できる女」なんだ。
息を吸う。軽く吸ったつもりが、力が入って大きく吸ってしまった。ゆっくり吐く。彼に返事を言う。今だ。
「いいわ。あなたと一緒に堕ちてあげましょう」
彼はそれを聞いて笑った。あるいは嗤ったのかも知れない。馬鹿な女だ、と。
「血みどろでスリリングな生活も、たまにはいいと思ってね」
茶目っ気たっぷりに言ってみたら、彼も笑った。今度は甘い笑みだ。そして私を抱きしめて、キスをした。私も全力でそれに答える。
一緒に堕ちてあげましょう。地獄へ。
二人っきりで、地獄のバカンス。

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