本当の世界は?


 鏡は自分を映してくれるけれど、それに映った自分が本物だという証拠が、どこにある?
 人は毎日、夢を見る。僕も見る。夢の中の世界は、人によって違うけれど、僕の夢には幻想の世界が広がっている。
 それに縋る。僕は、現実を見て行きたくないから。
 幻想にしがみついて、いつまでも夢の中にいようとする。現実の世界で過ごす時間は、空白だ。なにもない。なにも感じない。
 僕にとって現実こそが夢なんだ。

 さようなら、って、言ってみた。
 ここから飛び降りれば、夢の世界で一生暮らせるかな。

 もう一回「さようなら」と言う。
 踵を返して足取りも重く、そこから立ち去る。
 頬の涙を拭って、とりあえず、空白になった時間を取り戻してみようと思った。
 さようなら、幻想の世界。



夢か現か


 目を覚ますと、憂鬱な気分が消えていた。
 そう、私は“目を覚ました”のだ。
「ゆりちゃんおはよう」
 起きた世界は幻想の世界。目の前には青空と緑と、お菓子の家のような家々が連なる。私は完全に覚醒し、大きく伸びをしてみた。
「おはよう」
 そして、目の前の少女にあいさつを返す。
 いつものように、いろんな人に挨拶しながら、少女と共に歩く。
「ねえゆりちゃん」
「ん?」
「ゆりちゃんはさ、こっちに来たいと思わない?」
 突然真剣な顔でそんなことを問われ、私は困惑顔のまま言った。
「そう思ってるから、こうして、ここにいるじゃない」
「ううん、違うの。ここって、夢の中の世界でしょ。こっちを現実にしたいって、思わないの」
「そりゃあ」
「でしょ」
 少女はにっこりと笑った。
「ね、ゆりちゃん。私もね、ゆりちゃんと一緒に、もっともっと一緒に遊びたい」
「どうしたの、急に」
 私は足を止めて少女と対峙した。少女も足を止め、私の瞳を真っ直ぐに捕らえる。
「私ね、現実なんて全然つまらないの。何もない、っていうか。何の意味があるんだろうって。思うの」
 だからさ――少女の唇が動いた。だから、だから?
「駄目」
 私はその先を言わせなかった。「駄目、駄目、駄目だよ。私たちの本当の存在は、現実にあるんだから――」

 少女は泣きそうな笑みを浮かべて、頷いた。
 それが私の、“夢”の最後になる。



夢・幻想・空白


 ゆめを、見るんだ。
 とっても怖いゆめ。
 全部、全部消えてしまうゆめ。
 それは僕の恐怖を表したもので、僕はどうしようもなくそれにおびえるしかない。
 ――じゃあ私が、傍にいてあげるね。
 本当に? 君は僕の隣にいてくれるの?
 ――あなたがそう望むなら、私は傍にいるよ。子守唄が欲しいなら、歌ってあげるよ。
 ……僕はゆめを見る。彼女に頼るしか術はなかったはずだ。でも、僕は。
「きちゃだめ」
 君は、こっちにきちゃだめなんだよ。

 彼女は多分、泣いていたと思う。

 ――寂しいのに。苦しいのに、怖いのに。
 それは僕? 君?
 君は僕。僕は君。違うのは君はもう死んでるってこと。
 おんなじなんだよね。
 ――私ね、嫌だ。ここから消えるの、嫌だ。もう少し、ここにいさせて……お願い。
 僕には彼女の顔が見える。悲痛な表情。どんどん透明に、この部屋の色と同化していく様を、僕はただ黙って見つめるしかなかった。
 僕もね。
 本当は君にいてほしいんだ。
 でもね、でも僕は頑張るよ。君の存在を空白になんかさせないから。
 君も、頑張れ。

 彼女は、涙すら残さぬまま、消えた。
 美しい、微笑みだけは、僕の中に残像だけを残して。



「これだから今の若者は……!」


「全員起立ーッ!」
「はいぃぃぃ!」
「今日、国語の授業をサボったのは誰だ!」
「先生! 正則君がいませんでした!」
「正則ッ。正則はいるか!?」
「はい先生! 僕でありますッ」
「どうしてお前は今日、授業をサボった」
「はい、あのですね、他校に彼女がいまして」
「逢引か!」
「はいぃぃッ!」
「けしからん!」
「すんませんでした!」
「麗しき益美先生の授業をサボるとはけしからん! サボるならメガネ伊達紀美子の授業にしろ」
「先生! 伊達メガネ紀美子です!」
「クルム伊達公子みたいに言わないで下さい」
「あいつは嫌な教師だ」
「先生も充分嫌な教師であります!」
「黙れ!」
「はいぃぃ!」
「で、今日俺の授業をサボった奴は?」
「先生! 武則君が居眠りしてました!」
「武則! お前はどうして居眠りをしたんだ!」
「はい! 昨日の夜、彼女と店を回って歩いていたら遅くなって」
「逢引か!」
「そうとも言います」
「けしからん!!!!」
「青春です!!」
「ますますけしからん!!!!!!」
「あの、先生。ちょっといいですか?」
「なんだ友則」
「先生ひょっとして、嫉妬ですか?」


「けっけっけっ……けしからーん!!!!!!!!」



大切な、


 何もみえない。
 何もきこえない。
 でも、触れられるものがある。

 怖くなったら、手を伸ばしてみればいい。
 必ず、誰かに触れることができるから。
 自分のすぐ近くには、
 何もみえなくても、
 何もきこえなくても、
 触れられるものがある。
 触れられる人がいる。
 自分のすぐ傍に、いてくれる。

 それが誰だって
 自分が幸せなことに、
 変わりないんだよ。



本末転倒


 大切なものは失ってから気づく。
 って、よく言うよね。
 でも、ぼくは思うんだ。

「失ってからじゃ遅いんだよなめんじゃねーぞこの野郎! 後悔なら隣の沢田君だってできんだよ!」

 ってさ。
 古本屋に売っちゃった漫画本、急に読みたくなることってあるよね。ずっと録画してたお邪魔女どれみちゃんを全話消しちゃってから数年後、急に見たくなってレンタルビデオに駆け込むことってあるよね。わかるよ。ぼくもゴルゴ13を全巻売って、後悔したことがあるんだ。
 でも後悔してからじゃ遅いんだって、ぼくは気づいたんだ。
 だから僕は、一度買ったものは、絶対に売らないように、一度撮ったビデオは絶対に消さないようにしているんだ。
 そんな僕の今。

 読み返したい漫画があっても。
 部屋が汚くて探せません。