世界の中から君だけを見つけ出して見せよう   7/27(金)



 俺は第六感……つまりインスピレーションという、ひどく曖昧なものを頼りにして、彼女を探していた。
「おい、どこにいるんだよ! おい、凛!」
 これだけ大きな声を出して叫んでいるのに、ちっとも返事が返ってこない。ひょっとしたら、お互い叫びあっているのかもしれないが、聞こえないだけかもしれない。
 いや、もう疲れ果てて意識を失っているかも。捻挫して動けなくなってたりとかして。
 可能性はいろいろあるが、どれもプラスの方向には繋がらない。俺自身が焦っていたからだった。
「凛、おい、凛!」
 つい数分前までは隣にいて、でも今はいない。
 ――発端は、凛と仲のいいグループの「肝試ししよう」だった。
 幽霊とかお化けとかそう言うのが極端に苦手な凛は全力で否定したのだが、「慎太も呼ぶからさ!」の一言で、渋々了解したらしい。
「くそっ……」
 俺のせいだ。俺がちゃんと見てなかったからだ。凛、絶対みんなのいるところに戻れてない。だってあいつ方向オンチだもん。
 俺は全速力で走った。闇雲に走り回った。そしていつしか、自分も凛に負けず劣らず方向オンチだということを忘れていた。
 即ち、見つけても帰れない、というわけで。
「……で、なーんで私たちが二人揃ってプチ遭難してるんだろうね」
 あきれ返った凛の声が隣から聞こえる。
「んー、まあいいじゃん! 一人よりは、断然二人のほうがいいだろ? 心強いだろ?」
「……そうだね」
 凛が微笑んだので、俺もにかっと笑った。
「……でもま、凛を見つけられただけでも、よかったよ」
「でしょ?」
 凛はそう笑って、少し照れ臭そうに言った。
「見つけてくれて……ありがと」
 それを見て、こっちまで照れ臭くなる。
「あ、あったりまえだって! だって俺」
 このセリフは俺の専売特許だ。
「俺、凛の彼氏だし!」

 結局、凛の友達が凛と俺を救いだしてくれたわけだが。最後は、不覚にも、このまま一緒にいるのもいいかなあ、なんて思っていた。
 そして、戻ってからは、「こういうのを『恋する幸せ』っていうんだろうな」とも思って、ちょっと嬉しくなった。




星と人間と「生きている」ということ   7/27(金)



 満天の星空に目を奪われていると、その間だけは時を忘れることができた。
 隣ではせっせと鉛筆を動かし、満月の絵を書くことに専念している凛がいる。以前、俺が「満月なんて、丸描いて黄色塗ればいいだけじゃねえか」というと、凛は憤怒の表情で反発してきた。どうやら絵、というものは俺が思っているほどに単純ではないらしい。
「……できたっ!」
 小さな叫び声と共に、凛は嬉しそうにたった今自分が命を吹き込んだ絵を見て満足そうに目を細めている。
「どうどう、アオイ。綺麗でしょ!」
「常夜灯の光じゃよく見えねえよ」
 と俺が言うと、「ぶー」って言われた。「なんで描いてる私が見えて、アオイには見えないのよ」と、ぶつぶつ文句も言ったりしてる。
「冗談冗談。上手いって。本物みてえ」
 俺がそう言うと、凛は急ににこっと満面の笑みで「そうでしょ?」と言った。本当に、現金で単純な奴。俺は微笑する。
「私は絵、描き終わったし、帰ろうか?」
「……もーちっと、ここにいようぜ」
「そっか」
 凛は静かに星空を見上げた。そして、夜空に指をむけて言った。
「北斗七星」
 正直、俺は星座とか星の知識なんてからっきしだった。だから凛が次々と星座と星の名前を言い当てていくのを、まるでプラネタリウムを見ているような気持ちで見つめた。
 いや、プラネタリウムっていうのがどんなものなのかも、正直よくわからないけど。
「夜空見てると、私たちってちっちゃいなあ、って思わない?」
「思ったことねえよ、そんならちのあかないこと」
「そうね、確かにらちがあかないかも」
 くすくすと凛は笑い、それから立ち上がった。
「そろそろ帰ろう」
「……そうだな」
 二人とも立ち上がって、ゆっくりと家路を辿り始めた。

 俺たちはちっちゃな人間で、それでも生きてる。俺はそれだけで、その事実だけで充分だと思ってる。
 星だって同じだ。人間の数ほどあって、それが大きな空、宇宙に広がっている。星だって人間と何ら変わらないのだ。
 だから、生きてる。その事実だけを大切にしていけばいい。

「明日も晴れそうだな」
「そうだね」
 その笑顔だけ、大切にしていけばいい。




こんな男。   7/29(日)



 正論を振りかざして正義ぶるやつが必ず、クラスに一人は絶対必ず、いる。そういう宿命なのだろうか、と俺は既に一度諦めた。案の定、今回も諦めることになった。
「……なんでクラスまで一緒なんだよ」
 俺はきつくこめかみをおさえて、口をついて出そうになる溜め息を押し殺した。
 その俺の視線の先にいるのは、一度目、諦める原因となった『原崎悠真』だった。
 原崎悠真とは小学校からの腐れ縁で、まあまあ小学校の時はそれなりに楽しくバカやってた。正論を振りかざすのには多少怒りとかその類いの感情を覚えたが。ところがどっこい、中学校でも一緒になり、もううんざりしていたところで、高校に入学。
 ……なんでクラスまで一緒。
 俺の二度目の諦めの時だった。
「お、陽介じゃん」
 ニコニコと――俺の心の葛藤など知らずにぬけぬけと――満面の笑みで俺に話し掛ける悠真は、一見人懐こい単純バカ。しかし実は俺より頭がよかったりするのが気に食わない。
「お前、高校ここだっけ?」
 俺はなるべく、なるべーく怒りを口調に出さないように頑張って話し掛けた。いや、ひょっとしたら無意識のうちに唇の端をピクピクさせてたかもしれない。
「ああ。俺、ここに兄チャンいるから」
「あ、そうだっけ?」
 これには素直に驚いた。
「どんな人?」
「あれ、言ってなかったっけ。さっき、あいさつしただろ? その人だよ」
 そこで俺の記憶は入学式へと遡る。
「……って、生徒会長ぉぉ!?」
 確かに、紹介の時に『原崎佑一』と呼ばれていたかもしれない。――と、俺はぼんやりと思い出す。
「へへ、バカだけど人望はあついらしいよ」
 そういう悠真の表情は誇らしげだ。
 そうか、生徒会長という兄貴の下で育ったんだから、この性格も、少しはわかるかも……。
「で、お前も生徒会長かよ?」
「はぁ、まっさかぁ。俺がこの学校の秩序を守るような正義感のある男には見えないっしょ」
 笑いながらそう言う悠真を見て、俺は再びこめかみを強く押さえた。
「……真のバカはお前だ、阿呆」
 そう言ったら、「バカなの阿呆なの」と困った顔で返された。

 ――もはや溜め息も出てこない。




違った思考回路   8/13(月)



 あまりそよ風が気持ちよかったので、俺はうたた寝をしてしまっていた。昼寝スポットには最適の場所だったので、それも致し方ないだろう。
「そんなとこで寝てると、風邪引くぞ?」
 という誰かの怒ったような声で俺は飛び起きた。寝ぼけ眼で相手を見つめると、俺と同じクラスのやつだということに気がついた。
「お前、さぼりだろ。まだ授業始まってねえから、すぐに行け。誰にもいわねーから」
 何て小学生チックな言葉だ……そう思いながら「やだよ」と言った。別にサボる気はなかったのだが、この男の態度がなんとなく鼻についたから言ってやったまでだ。
「……そうかよっ」
 はき捨てるように、どこか残念そうに言う彼は、くるりときびすを返し、校舎のほうへ軽くかけていった。
 俺は得意な気分だった。
 もうすぐ授業が始まる。そんなときにわざわざ俺みたいなサボりに注意しに来るか? 答えは「否」だ。
 つまり、彼もサボりなのだ。絶好の昼寝スポットを奪われて、悔しかったに違いない。
 第二の昼寝スポットは……そこまで考えて、俺はにやりと笑った。面白そうなので自分のたった今考え付いた策略を実行してみることにした。
 校舎に向かう。屋上に向かう。きっと眠っている彼がいるはずだ。散々馬鹿にしてやろう。昼寝を邪魔された報復だ。
 扉を開ける。
 そこには、彼がいた。
 しかし、眠ってなどいなかった。
 彼は、可愛いオンナノコと接吻をしていた。
 ――なんだ、逢引の場所が欲しかっただけか。




下のと対にしてみた   12/31(月)



 ゴミ箱に、おもちゃの指輪を投げ入れる。それは綺麗な弧を描いてすとんと、中に入った。
 それは昔、誰かから貰ったもの。
 男の子は指輪などつけないと、散々喚いた挙句、次の日は大切にそれを仕舞っていた。
 僕は部屋の隅に座り込んだまま、窓越しに空を見上げる。輝く満月は、澄んだ夜空によく映えた。
 満月は、僕自身。
 美しく、どこまでも神々しく、それでいて何者とも交わることのない。夜の世界でしか生きられず、ただ誰かが僕の元に現れるのを待っているだけ。
 仮に僕が、地上へ降り立ったとしよう。
 羨望と好奇と、蔑みの目で見つめられるだけだ。触れようとする者はいない。他者と交わることはできないからだ。そうして僕は孤立し、孤独に打ち震える。
 だから、いい。ここで誰かを待っているだけで。
 待つのは、嫌いじゃない。




Shock   12/16(日)



 誰かがが一昔前の借金取りのように声を荒げてドアを叩いている。
 僕はゆっくりと立ち上がり、覚悟を決めた。それは妹も同じらしく、悲しそうに顔を摺り寄せてきた。真っ赤な瞳は悲しさをたたえている。
 僕らは、この狭い部屋からの脱走を図った。
 長い間、ここに閉じ込められてきた。唯一の兄弟である妹も、僕と同じように孤独に耐えながら生きてきた。部屋から出たことはあるが、結局は閉じ込められてしまう。僕たちの部屋からは、外が見える。何度外に憧れたかわからない。妹にこんな辛い思いをさせては、兄として失格だ。そういう思いを抱きながら、今まで生きてきた。
 誰かが乱暴に部屋の扉を開けた瞬間が勝負だった。
 僕は大きな体に体当たりをした。
 その隙に、妹が誰かの脇をすり抜け、大きくジャンプした。
 しかし、僕たちのいた部屋は、人間の胸の胸の辺りにあった。だから、勿論ジャンプしたわけだから、まっ逆さまに地面へと衝突。

「おい、やめてくれよ!」
 聞きなれた声がする。
 いつもご飯を与えてくれる、あの人だ。僕たちを助けに来てくれたに違いない。
「そのウサギは僕の宝物なんだ」
 ああやっぱり、僕たちを助けにきてくれたんだ。あの人なら部屋の中から僕たちを解放してくれるに違いない。この日を待ち望んでいたんだ。
 部屋の扉を開けた誰かは渋々引き下がった。あの人が近付いて、僕と妹を抱き上げる。
 これで解放されるんだ、僕と妹は自由になれるんだ!
「危なかったな。もうあんなことはさせないから」

 動物が大好きで純真無垢な少年、明良君は無事ウサギを捕まえ、ウサギはあっさり籠へと戻された。


悲恋っぽく。   12/30(日)



 霧の深い夜、私は窓から空を見上げる。
 月も、夜特有の藍も見えなかった。ただ、深い霧だけが、夜を支配する。車のライトも、霧を貫いて私を照らすことはできない。
 私はこの光景に強い既視感を覚えた。
 ふわりと風が私の髪を撫でて行く。
 夜は、私の心。
 手を伸ばしてもあなたには届かない、それはとても霧の夜に似ていた。
 月にも手が届くことはない。霧に阻まれて、輪郭は愚か、その色さえ見つめることができない。
 仮に私が、霧を掻き分けて月へ行ったとしよう。触れることすらいとわない月を目にして、眩しさに目を伏せ、地上へ堕ちるだけだ。
 だから、濃い霧を挟んだ、この状況が心地いいのだ。この距離が一番温かくて切ない。
 月に手が届かなくたって、ぼんやりと光を見つめているだけで、わたしは。