桜草   2/25(日)



 ――淡いピンクの桜草。
 僕はそれを一輪摘むと、思わず緩む頬を慌てて引き締め、その表情とは裏腹に踊る心を何とか制御しつつ、「彼女」のいる場所まで全力疾走した。
 「彼女」はそこにまだいた。僕はほっとしつつ手にした桜草に目をやる。僕はピンクのような可愛い色はあまり好きではないが、女の子は好きらしい。母も以前「女の子はやっぱりピンクよねぇ」などと呟いていた。きっと女の子にとってピンクは魔法の色に違いない。
 きっと、「彼女」に笑顔を与えてくれるはずだ。
「あ、あのッ」
 声が少々裏返ったがこの際気にしない。僕は花曇りの空の下、手にした桜草を彼女に渡した。
「これ、この、花」
 彼女は「?」といった感じで僕を見つめている。僕は急に恥ずかしくなって俯いた。
「あ、ああああのッ、さっき、せき、してたから……」
 大丈夫かな、と思って。
 最後まで言わずとも彼女は僕の意を察したらしい。にっこり笑って桜草を受け取ってくれた。
「ありがとう。小さなサンタさん」
 サンタがくる時期はもうとっくに過ぎたのだが彼女はそう言った。
「クリスマスプレゼントもらえなかったの根に持ってるから、きっとカミサマが私に春のクリスマスをくれたんだね」
 そう言って再び彼女は笑う。同時にせきをする。僕は思わず、
「大丈夫?」
 彼女は笑って「いつもこうなの」と言った。
 ――瞬間。
 僕の中で、何かが生まれた。
「明日も来るから!」
 一方的だったか、と後悔する暇もなく。彼女は一瞬唖然とし、それから優しく笑った。
「うん、待ってる!」

 それは小さな、恋の始まりだった。




リライト   3/19(月)



 ぐしゃぐしゃと紙を丸める、それはまるで画家のよう。いつまでもずっとそうしてばかりで全く筆が進まない俺を、空は嘲笑うかのように晴天である。
 ――その日、その時。俺は小説を執筆していた。しかし今日はいつもより筆が進まず、一種のスランプに陥っていた。今の時代、パソコンという文明の利器がありながら原稿用紙派の俺は何時間前からか書いては消し、書き直しては消し、の繰り返し。
「書けねえ……」
 もう何度吐いたセリフかもわからない。
 すると、俺の醜態に呆れた友達が呆れを隠しもせず言った。
「ネタが欲しいのか?」
「別にそんなんじゃ……ねえけど」
 すると益々呆れたように友達はぬけぬけと言い放った。
「じゃあ、ずっと書き直してれば」
 ……俺は正直盛大に溜息をつきたくなった。
 しかし、友達のそれは、俺を見限ったような言い方では決してなかった。むしろ、自分を気遣うような響きも見受けられた。
「……そうだな。最初から書き直すか」
 妙に開き直ったような俺の口調に、友達も僅かに顔をほころばせた。




Companion   3/30(金)



 夢を、見ていた。――いつか見た夢だ。
 それは俺が消える夢。いつも一緒に行動している、いわゆるグループのようなもの(つるんでいる、とでも言うのだろうか)の人たちと共に、楽しく談話をしていて。俺はいつものように笑っていた。
 それはほんの数秒。
 体が光の……何と言おうか。帯のような、霧のようなものに包まれて、段々足から消えていくのだ。正直気持ち悪かった。
 でも、誰も気づかない。俺一人が慌てふためいている。怖い。助けて。
「誰、かッ……」
 気づいてくれ、助けてくれ、怖いんだ!
 ――叫びなどあってないようなもの、とでもいうようにみんなは普通に談話している。俺はとうとう頭の髪の先までになり、消えてしまった。
 絶叫だけをその場に残して。

「はぁー、それちょいヤバイんじゃね?」
 そのことを話したら、苦笑混じりにそんなことを言われてしまった。
「でも、ありえないから安心しなって!」
 友達の一人がぽん、と俺の肩を軽く叩く。
「お前いないとツッコミいなくなるもん。ボケだけの集団なんてつまんねぇって!」
 なんて、軽口を叩きながらも。
 ――俺は必要とされてる、って、思うことが、できるから。
「ばーか。俺もお前ら残して消えられるわけねーだろ」
 一生てめーらの世話見てやってもいいんだぜ? ……なんて笑えない冗談かましてやったら、さっきとは別の苦笑がもれた。
 そして最後には、笑うんだ。
 ――夢は夢。こんなにいい仲間が、俺にいる。
 小さくありがとうと呟いてみたが、それはみんなに届かなかったようだった。




喧嘩道語ってんじゃねえ   4/18(水)



『一期一会』って、どっかできいたことあるな。あそうか、四字熟語だ。
 よくもまあ、そんなことが言えたもんだよ。この四字熟語って『腐れ縁』とかまるっきり無視してるよな。
「……また同じ学校の、同じクラスかよ」
 俺、垣内龍介は、只今高校一年生、入学したてのほっかほかでぴっかぴかな一年生。
 そして隣で、これまたほっかほかでぴっかぴかな一年生は――小さい頃からの幼馴染の日比絆。幼稚園すら一緒というツワモノなのだが……
「もう勘弁してくれよーッ!」
 さすがに、叫びたくなる。
「しょうがねえじゃん、これも腐れ縁だよ。どうせお前のことだし、家から一番近いから、とかフジュンな理由なんだろ?」
「……お前もか」
「そ」
 俺も絆も家はかなり近い。ほとんどお隣状態だが、なんとか二件挟んでいる。
 つまりだ。俺と同じ理由――つまり、家から一番近いというそれ――で高校を選んだとなると、必然的に同じ高校になるわけだ。
 ……なんだか、なあ。
「まあ、これもしょうがねえか」
「運命だぜきっと」
「ばか」
 そうやってバカやって。何だかこれもこれでいいキャンパスライフが送れるような気がしてきた。気がする、だけだけどね。
「いいじゃん、新顔なくてもさ。腐れ縁でもさ。お互い知りすぎてやなことだってあるよ。でもやっぱ、最終的には楽しけりゃなんだっていいじゃん」
 絆が言うと、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。
「楽しくなかったら?」
「転校しろ」
 また無理なことを。
「そりゃ気心が知れてる分喧嘩だってするだろうよ。でもさ、それでいいじゃん。それで落ち込む奴はバカだよ。大バカだ。喧嘩だって無視だって絶好だって、いい経験だぜ? 一度経験しとくといい」
 何で? と俺が聞くと、迷わず答えた。
「"絆"に繋がるからさ」
 絆は実に楽しそうに言う。
「繋がらない奴らは、ただ無意味な喧嘩をしてるだけの大馬鹿野郎だけさ。意味のない喧嘩に、喪う物こそあれど、得る物があるとは思えないね」
 結局何が言いたいんだよ?
「絆ってもんは素晴らしいってことさ」
 意味わかんねえ。




部活なめてんじゃねえ   4/18(水)



 結局、絆の演説――と、呼ぶには大いに疑問が残るところだけど――は、何を意味するのか俺にはさっぱりだった。
 とにかく、絆は喧嘩は"絆"に繋がるからどんどん経験しとけ、ということ……なんだろうな。
 やっぱり、よくわかんねえ。
「でも俺は今更お前と喧嘩する気になんてなれねえよ」
「俺もねえよ。龍介と喧嘩したら骨折れる」
「……まあ、褒め言葉として受け取っておこう」
「けなしたんだよ」
「お前、俺の優しい優しい心遣いを……」
 喧嘩と言ってもこの程度。軽口言ったりジョーク言ったりして、笑えないものなら俺が鋭くツッコむ。昔ながらのスタイルは例え高校であろうと健在。
「それはそうとお前、入る部活決めたのか?」
「あ? ああ、一応テニス部だけど」
 中学校ではソフトテニスをやってた。高校ではその名残か、硬式をやってみようという気になったんだ。
 ボール当ったら痛そうだけどね。
 でもウィンブルドンとか見てると燃えるんだ。男子なら最強・フェデラー。あと、ロディックとかナルバンディアンとか。女子ならシャラポワとか、ヴィーナスとか、エレナとか……って、この会話知ってる人じゃなきゃ完全にわかんねえよな。
「俺はさっか」
「は!? 作家?」
「阿呆。サッカーだ、サッカー!」
「ああ……」
 素で聞き間違えたよ。
「サッカーって、女の子にもてるだろ?」
 こいつは、また不純な理由で……
 それでなくても、容姿だけで俺よりもてるくせに。もっともてるつもりかてめえ。くそ、ボール無様に顔に当てて人気急降下しちまえ。
「女子にもてないとつまらない高校生活になっちまうからな」
「あ、そう」
 俺が軽くあしらっても絆はめげない。
「絆くーん、って呼ばれてえよ。可愛いキャピキャピした娘たちに囲まれてみてえよ! スポーツ漫画の主人公にはお決まりの展開だろ? 憧れるぜ!」
 そうか?
「あ、そう……」
「お前もどうせそんな理由だろ?」
「アホかッ!」
 テニスなめんじゃねえ!
 某テニス漫画が大人気になってからかなり人気なんだぞ! セイシュンの代名詞だぞ!
 ……そんなことはないけど。まあ、人気なのは確かだ。
「女の子はなあ、スポーツができるカッコイイ男の子を必ずチェックして……」
 はいはい。
 とりあえずどっかいってください。