世界が終わる時、地球はどうなってしまうのだろう。
太陽が爆発するのだろうか。
地球が崩れ落ちるのだろうか。
「そんなこと考えても、仕方がないじゃない」
彼女は困ったように笑いながら、私にそう言った。私は彼女に「サヨは、気にならないんだ?」と問うた。当たり前じゃない、という答えが返ってきた。
「その頃、私もユウはもうとっくに死んじゃってるんだから。そんなこと考えても、私たちには関係ないし、そもそも、世界が終わる時……なんて、あるのかな」
「実感が沸かないだけだよ」
「そうかしら」
彼女はブランコをきぃきぃ鳴らしながらアイスを舐める。私も同じようにしてアイスを舐める。そこには穏やかな時間が流れていた。ゆったりとした、幸福な時間だ。
確かに、と私は思った。
確かに、そんなことを今考えるのは激しく場違いな気もする。ここには今、とても幸せな時が流れていて、そんな時に世界の破滅の話をするのは間違っている。私はソーダアイスを舐めながら、空をあおいだ。太陽がぎらぎらと私たちを照りつけていて、しかしアイスのためか、暑くはなかった。
今、この太陽が爆発したら、私たちは死ぬのだろうか。
……死ぬ、のだろうな。
「嫌だな……」
「ん? 何が?」
「……いや。太陽が爆発するのはやっぱり嫌だと思って」
「そんなの、当たり前よ」
彼女はそう言って笑った。
――突然、彼女の顔が、笑みが、ぐにゃりと曲がる。
驚いて私は立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、そのまま視界がぐらりと揺れる。世界が真っ黒になった。空も黒くなった。木々も、小鳥も、全て黒に染まった。
彼女が笑っている。
「ねえ、世界が滅んだら、例えばこんな風景になるのかなあ」
反論しようとしたが、舌が動かない。首を横に振ろうとしても全く動かない。恐怖よりも先に、怒りの感情が私の中で沸き起こった。渦巻いて、しかし出口を見つけられないまま、それは悲しみへと変わる。
「素敵な眺めでしょう。どんな幸せな空間も一瞬で、消し去る。奪い去る」
悲しみは私の心を突き刺した。胸を抉る痛みに、涙が出そうになる。
「……私とあなたの空間は、消えてしまったのよ」
彼女は寂しそうに言った。
「サヨナラ」
目が覚めた時、私はベッドに寝かせられていた。
そのベッドは、どことなく小学校の頃の保健室の匂いがした。中学校の、自分が毎日いた教室は全く覚えていないのに、よく仮病を使って来ていた保健室を覚えているなんて、変な話だ。
しかし、ここがその保健室のわけはない。病院……だろうか。ぼんやりとした意識が、だんだんはっきりとしてくる。
――私は慌てて窓に目をやる。そこには綺麗な青空が広がっていた。そして、ここは病院ではなかった。清潔そうな白いベッドと、薄いピンクの壁紙。自分の記憶と照らし合わせると、見事に一致した。記憶に新しいその部屋は、確かに彼女……サヨの部屋だ。
私は、ゆっくりと周り見回した。彼女らしい可愛い小物や、きちんと整頓された机があって、窓がある。私は改めて関心しながら部屋を見ていた。
すると、ドアが開いた。
「あら、ユウ、もう起きても大丈夫なの?」
「……私は、どうして……?」
「あなた、急に倒れたのよ。多分日射病。もう、だから私が言った通り、きちんと帽子を被っていればよかったんだわ」
目覚めたばかりの病人に悪態をつくのか。私は苦笑した。そして、彼女がいつも通りの彼女であることに、心の底から安堵した。さっきのは、夢だったんだ。きっと、私の中で膨れ上がる不安を夢、という形で具現化してしまったのだろう。
「……悪い夢でも見ていたの?」
ぎく、と本当に音がしそうなくらい驚いた。彼女は図星であることがわかったのか、幾分勝ち誇った様子で言った。
「私は何でもお見通しよ。……顔色、よくないもの。悪夢ってね、人に話すと楽になるんだって。さあ、どんなことでもこの私に話してごらんなさい」
「いばるなよ」
私は笑った。確かに、彼女の口から直接、夢の中の彼女の言葉を否定してもらうのが一番かもしれない。
しかし、私は微笑みながら首を振った。世界の終焉の話は、終わりにしよう。
「いいや、やめておくよ。ただ、夢の中で『サヨに似た女性』が出てきたものだからね、ちょっと驚いただけ。……それだけ、だから」
「……そう。夢の中に、『私に似た女性』が、出てきただけなのね」
私は笑って頷いた。彼女も笑っていた。確かにそこには、終わりを匂わせない、幸せな雰囲気が漂っていた。何を不安に思うことがあろうか。
サヨだから。隣で笑っているのがサヨだから、私もこうして笑っていられる。サヨの笑顔を見ると、胸がいっぱいになる。
少なくとも、この幸せな空間は、永遠に終わることはないだろう。私とサヨだけのこの空間には、一生終焉なんて、訪れないのだ。
「…………サヨがいて、本当によかったよ」
私はぽつりとそんな言葉を漏らした。
「何よ、突然」
「君は?」
「…………」
サヨは、少し照れ臭そうに言った。
「私も、あなたみたいな人が恋人でよかったわ」
ただ、二十歳で私、という一人称は若者としてどうかと思うわ、と彼女は言ってきた。
「私は私だ。今更『俺』なんて一人称に変えられるか」
私が少し不貞腐れて言うと、彼女はやっぱり笑いながら「それもそうね」と言った。

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