女の子らしくない。
私――聖子は幾度となく、そう言われてきた。
でも、その時は全然気にしていなかった。むしろ、「だから何?」という感じですらあった。女の子らしくなくても、男の子のように乱暴でも、私が私だということに変わりはない、と思っていたから。
そんな私も、今は、今年めでたく入学して中学一年生。
中学校は制服。
当たり前のことだが、小学校が私服だっただけに、急にみんなの「さりげないオシャレ」が目立ち始めた。
例えば、マフラーの巻き方とか。
例えば、前髪につけたピンとか。
例えば――髪型とか。
今日の天気は晴れだった。これなら自転車で学校に行けるな、と思いながら私は朝食のパンを食べていた。
「ねぇ、お母さん」
「んー?」
私が母を呼ぶと、母は新聞を読みながら答えた。
「七海ちゃんね、髪切ったんだって」
「ふーん」
明らかに興味のなさそうな母の反応に、私は溜め息をつきたくなった。
「段つけててさ、長いところの髪だけ、こう、キュッ、って結っててさ。すっごく可愛かったんだよ」
「ふーん」
私は段々イラついてきた。
冷静に考えてみれば、母が私の言いたいことを理解してくれる可能性は限りなく低いと、分かるはずなのだが。何しろ、小学生の頃まではオシャレに何の興味もなかった私だ。
「私もね、そういう髪型にしたい」
その一言に、母は新聞に目を落としながらも、コーヒーを飲もうとした手を止めた。そしてゆっくり顔をあげると、怪訝そうな顔で私を見た。
――何よ、その反応は。
やっとオシャレに興味を持ったのねー、とか、ようやくあなたも大人になったのねぇ、とか。母なら言ってくれてもよさそうなものだが。それとも、それは私の我が儘かしら?
「今のままでいいじゃない」
怪訝そうな顔のまま吐き出されたその一言に、私は盛大な溜め息をついてしまった。
「今時、一本結いなんか流行らないって。さわやかスポーツマン系より、今は可愛い方が女の子らしいんだから」
「女の子らしいぃ?」
そこまで驚かれると……さすがの私でも、少しばかり傷つきますが。
「あんた、いつから女の子を目指すようになったわけ?」
「な、何ソレッ! もとから私、女の子なんですけど」
私が憤慨して言うと、母は少し、申し訳なさそうに首をすくめた。自分でもさすがに言いすぎたと思っているのだろう。
「……じゃぁ、二本結いに戻す?」
――…………。
私は怒りを通り越して、呆れ返っていた。
二本結いは、私が小学生の頃していた結い方だ。中学校になって部活が厳しくなったため、気合を入れるために――もちろん、邪魔、という理由もあったが――一本にしたのだ。
「そういうことじゃ、ないんだって……」
今更二本結いに戻したところで、誰も何とも思いもしないだろう。ただ「戻したんだな」ぐらいの認識しかないだろう。違うんだ。それじゃ駄目なんだ。
「こう、イメチェンみたいな感じで。私の、この長い髪をセミロングにして。段つけてもらって、長い髪だけキュッって結うの!」
母は難しい顔をした。
いや、確かに私は伝達能力がかなり低い方だと思われますが……お母さんも女なんだから、そう言うところは理解して欲しい。
「つまり、目立ちたいの?」
「違う違う違ぁぁぁうっ! オシャレをしたいの、私は! 目立ちたいとかそんなんじゃなくて、まぁそれもあるけどっ、みんなと同じ目線でいたいからなのーっ!」
はっきり言って、流行に乗り遅れているのは私だけだ。今は七海を例にあげたが、実はみんなそれぞれ可愛い髪形にしてきている。
誰も私を仲間外れになんかしてないけど。何となく、何となーく、疎外感を感じるのだ。
それから少しずつオシャレを意識し始め、気付いた頃には、自分が「女」と認められるようになりたいと願っていた。
思い立ったら、レッツ・チャレンジ。
「あんたねぇ……そんな急には無理よ? 今日月曜日じゃない。次の休みは五日後よ?」
そう言うと、母は急に嘆いた。
「全く、いつからそんなオシャレに気を使うようになったのかしら。昔はオシャレのオの字もない子、むしろ男のオの字ばかりがある子だったのに」
「……それはけなしてるの?」
「あの頃はお金がかからなくて助かっていたのにって嘆いてたのよ」
私は絶句。そしてムスッとした顔で、一言。
「しょうがないじゃんっ」
だって、お年頃だもの。
私は母のお陰で――責任転嫁であることは承知の上だ――学校に遅刻しそうになりながらも、何とか朝のホームルーム開始の鐘がなる前に席につくことが出来た。
ホッとしながら、そのまま平凡にホームルームは終わり、一時限目が始まる。
その時、くしゃくしゃに丸まった紙がポト、と私の机の上に落ちた。
周りを見回すと、斜め後ろの席の七海が小さく手を振っていた。恐らく見ろ、という合図だろう。
くしゃくしゃになっている紙を広げると、可愛らしい文字が可愛らしい便箋に羅列していた。
『大ニューッッスッ!! なんかさ、近いうちに、転校生来るらしいヨ♪ それもさ、男の子みたいなんだよねー! カッコイイ子だとイイヨネッ☆』
七海、と最後に、ご丁寧にも名前が書かれていて、その隣りにこれまた可愛らしい顔文字が書かれていた。笑って手を振っている顔文字だ。顔文字などに興味のない私は、密かに勉強しよう、と誓ったことを、七海は知ることなどないだろう。
休み時間に突入すると、途端に教室が騒がしくなった。みんな転校生の話で持ちきりだ。どうやら七海が数人に教え、そこからどんどん噂は広がっていったらしい。
それぞれのグループ同士で話し合っている。
「どんな子だろ? すっごい楽しみっ!」
「やっぱイケメンがいいなぁ」
「だよねぇっ」
みんな口々に言い合っている。
小学校までの私なら。ここで迷わず「あまり期待しすぎると、物凄くダッサイ奴だった時にショックが大きいから、やめたほうがいいよ」くらいは言っていただろう。
そのことを、私のいるグループの人たちは分かっているが故に――私が今いるグループの人たちは、みんな小学校からの旧友だ――私が、
「クールだともっといいなぁ」
なんてことを言ったので、みんな、グループの仲間達は黙り込んでしまった。
「…………何か聖子、女の子らしくなったね」
驚きのあまり、やっと発した第一声がこれだ。
もっとも、その言葉に舞い上がり、「逆に言うと、今までは全然女の子らしくなかった」という言葉の裏までは、読み取ることは出来なかったが。
「うん、聖子ちゃん、何か変わったよ」
私はその言葉に、胸を張って答えた。
「そりゃそうよ」
だって、お年頃だもの。
その日の夜、部活からへとへとになりながらも帰宅した私は、夕食を食べ、少しはいつものパワーが戻ると、思い切って母に頼んでみた。
「ねぇ、お母さん」
「何?」
茶碗を洗う手がせわしなく動いている。
「お金、ちょうだい」
その手が一瞬――止まった。
それは今朝見た、コーヒーを飲もうとした手が止まったシーンと酷似していて、思わず私は笑いそうになってしまった。
「何で……また?」
「髪、切りに行きたいの」
そして、段をつけてもらうの。
「言ったでしょう、まだ休日までには五日も――」
「学校帰りに寄るの! 明日部活休みだし、私の学校から近いし!」
私がそう言うと、母は困惑気味に視線をうろうろさせた。手が滑って茶碗を割らなければいいが。
「だって、今のままでいいじゃない? オシャレオシャレと言って、後で後悔しても後戻りは出来ないのよ?」
「大丈夫だよ!」
「だって聖子、髪切った後いっつも何か変、って言って不満がってたじゃない」
私は段々イライラしてきた。
それは小学校までの話。今は部活とかより、女の子らしさのほうが大事なの。
そう叫びたかった。
「お母さんにはわかんないよっ、昔のオシャレと今のオシャレは全然違うもん!」
「そう、お母さんにはわからないわ。だからお金もあげない」
「そんなぁ!」
私は悲壮な叫び声をあげると、何だか疲れたな――と思った。
しかし、ここで引き下がるのは何となく嫌だった。
「いいもん。私自分のお金で行くから」
すると、今度は母が疲れた顔をした。
「ホント、あんた、いつからそんなんになっちゃったのかしら」
すごく悲しそうにいうものだから、つい答え方もつっけんどんになってしまう。
「しょうがないでしょ、お年頃だもんっ」
だって、お年頃だもの。その一言で全てを片付けてしまう私、十三歳の冬。
「…………思春期と、反抗期は違うでしょ」
母の呟くようなその一言も、膨れっ面をしてそっぽを向いている私には、聞こえなかったようである。
幸か、不幸か。

|