命って、なあに?
 それはおいしいの?
 それはおもしろいの?
 それは、大切なの……?

 子供は、よく率直な質問をしてくる。答えに詰まるものでもまっすぐ、目を見て質問してくる。大きな瞳に映る『回答者』に有無を言わせず、今頭の中に渦巻いているものを、まっすぐにきいてくる。
「命って、なあに?」
 加奈子が聞くと、母はしゃがみ、柔らかな手を加奈子の頭の上に載せた。そして、その手と同じくらい柔らかな物言いで言いった。「それはね、加奈子」
「加奈子の体の中にある、とても大事なものなんだよ」
「どういうもの?」
 加奈子はそれがどういうものか知りたくてたまらない。自分の知らないものが今、自分の中にある。それだけでも胸がいっぱいになる。だから、もっと知りたい。知ったらそれが、もっと大切なもののような気がしてくる。
「どういうもの、っていうと、そうねぇ。加奈子の大切にしてるくまのお人形、それに『命』が加わると、加奈子みたいに動くのよ。命ってね、動かないものを動かすことができるの」
「嘘! お人形さんに命入れたい! ね、ママ、命ってどこにあるの? 私の命を半分に分けて、、くまさんにあげるの! 手とか振るかなあ!」
 そのはしゃぎっぷりに少々驚いたが、母は優しく笑うと、諭すように言った。
「加奈子。命は見えないところで動いているの。分けてあげることなんか出来ないよ。加奈子は、命を貰った。もらったその命は加奈子専用なのよ」
「せんよう?」
「そう。加奈子しか使えないの」
「ええー」
明らかに不服そうな加奈子の声が母と加奈子しかいないリビングに短くこだました。
「しょうがないのよ。」
「しょうがない?」
「うん」
 でもね、加奈子。今はわからなくてもいいよ。
 そうやって、不満足そうに顔を膨らませてもいいよ。
 加奈子が、いろいろな事を学んで、知って、一生懸命生きてから、『命』がわかってくるんだよ。
「命って、なあに? みえないところでうごいてるって、どういう意味? どうして分けてあげることが出来ないの?」
 全てがわからない、といった風に、加奈子は難しい顔をした。考えても考えても見たことのないものは知らないし、聞いたことのない言葉の意味はわからない。
「加奈子の中にある命はね、加奈子だけのものなの。半分にしちゃうとね、加奈子は動かなくなっちゃうんだ。命は少しでも欠けたら命じゃなくなっちゃうの」
「命なのに、命じゃなくなっちゃうの?」
「そう」
 加奈子はまた難しい顔をしたが、一応、納得した、というように、「ふーん」というと、外へ遊びに行ってしまった。
 まだ、わからなくていいよ。今はまだわからなくていいから、大切なことをこれから築いていってね、加奈子。